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キムリン・ホリスティック・ワールド

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2011年4月

2011年4月30日 (土)

今年最初の花見

朝9時に弘前公園に足を踏み入れた母。

外堀は桜が綺麗に咲いていて、もうわくわく気分。

追手門の内側はまだちょっと早め。

でも、久しぶりの良い天気。

思いのほか人出も多い。

やっぱりね。そう来なくちゃ。

下乗橋から本丸へ向かう足取りも軽い。

正面に岩木山が美しい姿を見せてくれた。

今日は、弘前市がお呼びした宮城県の皆様方とご一緒。

不思議な縁で、今日この時を一緒に過ごすことになったのだった。

桜の花に感嘆し、屋台のおやつや飲み物を喜び、私たちとの会話を心から喜んでくれた。

被災地の方々の心痛は、私たちにはどうすることもできないが、しばし忘れて貰えたのではないか。

園内を埋め尽くす桜の本数といい、花のボリュームといい、ちょっとやそっとのものじゃないよ。

なんて、しっかりお国自慢なんかしちゃった。

うんうんと、快く相槌を打って貰って、いったいどっちがお客なんだ。

花見の後の講座では、参加者全員で「青い山脈」なんか歌ってしまった。

敗戦直後の「りんごの唄」も「青い山脈」も我が国の復興の象徴のような歌。

どちらも青森とは縁が深い。

少しでも楽しんで貰えたら、少しでも笑って貰えたら、それでいい。

2011年4月29日 (金)

連絡ありがとう

携帯電話を持っている意味ないんじゃないの?と、友人たちに意見されることが多い母。

ごめんね。

毎日、携帯を見ることがあまりないもので。

昨夜何気なく見たら、こりゃどうも女史からのお礼メールが入っていた。

鯉のぼりを自衛隊が探していると以前、当ブログで紹介したが、10組ほど集まったらしい。

うーむ。

このブログがたいした貢献をしたとは思えないが、とにかくありがとう。

夕方のニュースで、連休中に被災地でボランティア活動に励む人の数が物凄いことを知り、思わず胸が熱くなった。

先日は、三原じゅん子のツィッターで、避難所を訪問した東京電力の清水社長に

「頑張れよ」とか「あんただけが悪いんじゃない」とか「起きてしまったことはしょうがない。前に進もう」と、激励した人が何人もいたことを知り、思わず涙してしまった。

マスコミは一方的に報道するきらいがあるが、こういう話を聞くと日本人ていいなと素直に思える。

こりゃどうもさん。

ありがとうね。

それに気づかせる機会を与えてくれて。

あなたのおかげです。

2011年4月28日 (木)

うかうかできぬ年代です

年がら年中、洗いっ放しの素顔で通す母。

が、今頃の季節はいつも焦る。

寒い寒いと言っている間にも、確実に日焼けは進行しているのだ。

容貌に自信はない。

ならばせめて、色白の肌だけでもガードせにゃ。

去年まとめて買っておいた綿100%の手袋を、押入れから引きずり出す。

ドラッグストアで、「美白」と銘打ったローションを購入する。

後は帽子と長袖のパーカーか。

近いうちに激安ショップで探そうっと。

若いうちは、日焼けしても真っ赤っかになって1日で回復していた。

が、ここン年は、なかなか元に戻らないのを実感。

「転ばぬ先の杖」

ちょっと意味が違ったね。

とにかく直射日光を避けるに限る。

でもなー。

もっと気温が上がる頃には、なりふり構わなくなるのも毎度のこと。

こんなことじゃいけない。

そんな悠長にしていられる年じゃない。

もちろん分かっておりますとも。

2011年4月27日 (水)

連休は雨ね

桜が咲き始めたと言うのに、梅雨のような湿った天気。

毎日、よく降るなー。

今日は、デジカメ持参で職場へ向かった。

あちらこちらで桜が咲き出したんだもの、写さなきゃと気もそぞろ。

でも無情の雨。

写したところで背景と花の境界がボケ気味。

先日見た弘前公園の外堀なら、緑の草と桜のコントラストが綺麗だが、この近辺じゃぁね。

天気さえ少しでも上がれば、ちょっとぐらいは遠出できるのだが。

天気予報は、連休中もほとんど晴マークはない様子。

願わくば、大きく外れていただきたいものだ。

それでも今日の午後、仕事で公園近くを走った家人。

「意外に観光バスが多かった。結構な人出だろうね。平日でもそうなんだから、連休中は多分凄いことになると思うよ」

果たしてそうなるか、興味津々。

今年は母、長靴で公園内を歩き回るか。

2011年4月26日 (火)

今夜も会議で

去年よりはいくらか(?)少なくなったものの、年度初めは会議が多い。

今夜も7時から9時まで外出。

会議が終われば帰宅して遅い夕食。

ブログの更新、その他諸々の雑事がどさーっと。

正直、ブログに何を書くかはパソコンに向かってやっとまとまる程度。

こんなもんでほぼ毎日、数年も続けたというのは我ながら大胆。

「継続は力なり」って、何の力だ?

そうさね。

改めて考えると大して意味あることとも思えない。

が、たとえば今夜の会議で話に出たのは防犯灯の設置場所。

普段何気なく歩いている夜道だが、言われてみると実に的確な場所にあったのだ。

電球が切れれば即補充し、定期的にメンテナンスもしているなんて、ほとんど知らない人が多いだろう。

いつも誰かが人知れず努力していることで、社会生活が円滑に動いている。

そのことに気づかせてくれる。

そんな些細なことでも発信できるのは、やはり凄いことなのだ、きっと。

2011年4月25日 (月)

心中察します

このたび市議選に初出馬したKさん。

29歳の若者だ。

隣の町会在住で、妹さんは息子の小学校の同級生。

お母さんは、もちろん母と顔馴染み。

同い年でほぼ同時期に更年期障害(?)に苦しみ、顔を合わせるたびに、症状を報告し合い慰め合う仲だった。

ここ何年かはたまに顔を合わせる程度だったが、昨日の夕方、久しぶりにばったり。

何と彼女はおそろしくスリムになっていて

「あんた。ダイエットでもしたの?」

と、我ながら無遠慮だったね。

彼女はかぶりを振って

「息子の選挙のことですっかり疲れちゃった」

うーむ。

代議士そのものの知り合いは何人かいる。

が、子供が代議士になるというのは彼女が初めて。

身内が政治家というわけでもない。

一から十まで全くの素人じゃ、途方に暮れるのも当然だ。

生真面目な性格の人だし。

投票結果を見ると、彼女の息子はかなり上位で見事初当選。

すっかりやせ細った母の努力は報われた。

おめでとう。

でもこれからまた、別な苦労が始まるね。

たまに会ったら愚痴っていいよ。

2011年4月24日 (日)

咲いた咲いた

夕方、近くの川沿いをのんびり散歩。

整備された遊歩道は、勾配も緩やかで歩き易い。

時間帯によっては犬を連れた人と会わないでもないが、そんな時は川べりに降りて時間を稼ぐ。

川原の草の中に水仙が咲いていた。

カモが群れをなして泳いでいた。

遠くで子供たちの笑い声が聞こえる。

再び歩き出すとどこの庭にも、水仙とクロッカスが咲いている。

チューリップやすずらんはまだ。

風は強めだが寒くはない。

どんどん歩いてホームセンターSの近くで大通りに入る。

通りの両脇の桜。

一部がほころんでいた。

日当たりがいいところから咲き始めるんだな、当然だけど。

弘前公園は、護国神社前の標準木で開花宣言が出される。

じゃ、市内全般ではどこが一番早いのか?

友人Kは、7号線沿いのホームセンター前交差点の桜だと言う。

Sデパートの駐車場の桜も早いけどね。

明日、職場の帰りに花のご機嫌伺おう。

2011年4月23日 (土)

市内で迷子

午後4時半に、おばん3人は城西団地の旧商店街を目指して出発。

5時からそこで地元市議の演説があり、手伝いを頼まれたのだった。

平たく言えばサクラですがね。

が、ドライバーのAさん、母と同じ方向音痴。

市役所から岩木町方面に走ったはいいが、団地内への入り口を間違えたらしい。

間違えたところで団地内には違いないが、目的の場所まで辿り着けない。

あっちこっちうろついて途方に暮れた3人。

ついに、通りすがりのおばんに助けを求めた。

その説明によると、たった通り1本ずれていただけらしい。

うーむ。

安心したような、己がバカさ加減を思い知らされたような妙な気分。

何とか間に合ったからいいようなものの、嫌な汗がじとー。

県会議員Sに続いてKが話し始めた。

大震災の記憶も生々しい時期の故か、防災と地域の活性化に力が入る演説。

もっともだと聞きながらも、Sは、ことさらに放射能の危険を言い過ぎてはいまいか。

悪いことばかり強調されると落ち込むよ。

つとめが終わった後、3人で近くのケーキ屋「ピーター・パン」に。

30代で亡くなった義姉が、よくお土産に持って来てくれた懐かしい味。

どれもおいしそうで迷うが、母は、若草色と桜色のロール大福にシャルロット・ポワールを。

2人は5種類以上をそれぞれ買って、ルンルン気分で帰宅。

途中で見た、夕暮れの公園外堀。

いくらかほころびかけた桜の枝がうっすらピンク。

傘を差した人々が散策していた。

こんなしっとりした風景もいい。

カメラを持って来なかったのが悔やまれる。

2011年4月22日 (金)

会議でランチ

今日は午後1時から会議があった。

母の勤務は1時まで。

何とか出席メンバーに頼み込んで、勤務先の近くにしてもらった。

これならロス・タイムが少なくて済む。

2階の座敷で、ランチを食べながらの会議。

これはいい。

今の季節、2階の座敷はスカスカ。

多少声を張り上げようが、誰にも迷惑はかからない。

心おきなく討議できるってもん。

ここはランチの種類も豊富で、かつ料金も低めの設定。

家計を預かる主婦には嬉しいお店。

もっとも、ランチのボリュームを夜に求めると、いくらか不満は出て来るけど。

ま、この際それはいい。

1時間ちょっとで、会議は終了し食事も堪能できた。

店を出た後、まだ話し足りないメンバーは駐車場内でぺちゃくちゃ。

そう、この辺には、ゆっくりお茶を飲みながら話ができるお店がないんだ。

ファミレスじゃぁね。

そういうお店を誰か、道楽(?)で造ってくれないかなぁ?

2011年4月21日 (木)

ずっとこの調子?

長期予報じゃ、ここしばらく晴天は拝めないそうだ。

おまけに気温も低い日が続くとある。

うーむ。

桜の花の持ちはいいんだな。

桜まつり期間も来月8日まで延長したそうだし。

開花は、やたら早まったり遅かったりで、毎年やきもきさせられる。

そりゃ人間の都合には合わせられないわな。

いいよ。いいよ。

あんたの好きな時に咲いて下さって結構だ。

私、行くと決めたからには、雨が降ろうが風が吹こうが出かけてしまう性格。

悪天候はむしろ、人が少なくて助かることが多い。

広大な公園の隅々まで、心おきなく満喫できる。

植物園の一隅にある茶店で、お菓子と抹茶をいただくのもこういう時だ。

ここで眺める雨に煙る風情もまた…。

そうそう。

道路を挟んで市民会館の向かい側にある「藤田記念庭園」の喫茶室もいいムード。

ちょっとレトロで、展示品も可愛いものばかり。

ただし、ここだけの話。

ケーキはあまり美味しくない。

数年前はそんなことなかったのに。

2011年4月20日 (水)

好きなパン

月に一度の大鰐へ出かける日だった。

所定の仕事を終えて相方と二人、鰐カムへと急ぐ。

相方はここで野菜と総菜類をゲットし、母はロイヤル・ホテルのパンを物色するのだ。

あくまでふんわり柔らかく、ほど良い甘さ。

そりゃスーパーで買うパンよりは高いが、それだけの価値があるんだ。

ここ以外に好きなのはパン・ロワールだが、今やっているのは松森店か城西店?

一番行き易い中央弘前店は、なくなって久しい。

これからの季節に散歩がてら、出かけてみよう。

自宅周辺にもパン屋は、数軒あるにはある。

でも毎日パンを食べたいわけじゃない。

せいぜい月に数回だ。

そのためにわざわざ出かけるのもなー。

天然酵母がウリのパンは、欲しくない。

あれはただ堅いだけで、有難がっている連中の気が知れぬ。

添加物がどれだけ入っていようが、柔らかいパンに限る。

と、大鰐行きは実益を兼ねているのだ。

大きい声じゃ言えないけど。

りんごや胡桃が入ったものと、シンプルなホテル・ブレッドを今日はゲット。

あぁ、なんて幸せ。

2011年4月19日 (火)

気が揉めるったら

昨日、今日と寒い!

今日は午後から雨。

夕方からはみぞれ、本格的な雪へと、今日が4月19日だってことを忘れそうな天気。

弘前公園の桜の開花が26日と発表されたが、大丈夫かな?

もしかしたら明日の朝は、相当な積雪があるかも…。

知人が

「ホームセンターHに、反射型ストーブを買いに行ったけど在庫ゼロ。ネットで探すしかないね」って。

大震災の影響で、その手のストーブがバカ売れ。

さすがに火鉢にとは行かないところが笑わせるが。

停電がもっと長引いて、ガスの供給もストップしたら、果たしてどうなるのかと考えると夜も眠れなくなる。

車庫の棚から七輪出さないと。

木炭も買っておくべきかも。

薪ストーブは火力が強過ぎて、今の住宅事情にはそぐわないような気もするし。

暖をとるのも、料理をするのも、テレビの時代劇を見て再検討。

便利さに慣れ切った生活を、切り替えるのも一苦労。

明日の朝、世の中が真っ白なんてこと…ないよね?

2011年4月18日 (月)

長渕剛に乾杯

長渕剛は、どちらかと言えば敬遠したいタイプの男だ。

あまりに男っぽくて、あまりに熱い。

相当な距離を置かないと何だか恐ろしい。

が、その強烈なキャラクターが見事にマッチしたのが、自衛隊でのコンサートだった。

今まで、これほど被災地で汗を流した人々に対し、マスコミも政府も冷淡過ぎた。

そのことに憤懣やるかたない思いをしていた人は多かろう。

が、一般人の我が身じゃどうすることもできぬ。

それを見事に彼はやってくれた。

自衛隊員のあの誇らしい顔。

肩を組み、共に歌う姿に胸が熱くなった。

彼の激励に満ちた言葉は、どんなに皆の心に響いたろう。

この後、「乾杯」を聞くたびに、あの情景を思い出すと思う。

長渕剛様。

本当に有難うございました。

2011年4月17日 (日)

公園清掃

今日は、朝7時から近くの公園清掃に出かけた。

今の時期はまだ草取りには早過ぎ、ごみ拾いが主。

清掃日のたびに思うが、ご高齢の皆さん方、集合が早過ぎる。仕事も早過ぎる。

7時に母が出かけた時は既に、ごみが仕分けされていた。

そのうち、近くの中学校の通学鞄が泥の中から出て来たらしい。

水を含んでずっしり重い鞄。

みんなで開けてみると、中学校3年○組某という書き込みがあった。

教科書、ノート、筆記用具がきちんと納められていて、持主の性格が垣間見える。

自ら放り投げたものか、誰かに捨てられたものかは定かじゃない。

書かれた名字にも心当たりはない。

こういう拾得物は扱いに困る。

持ち主を探し当てたところで多分、用済みだ。

一生懸命、ごみ拾いする人々と、平気でごみ捨てする人々。

共存するしかないのだが。

2011年4月16日 (土)

雨の中の散歩

「ひろさき街歩き体験」に出かけたのは午後。

雨が降る寒い天候の中、本来2時間のコースを大幅にはしょって歩き出す。

ガイドの詳細な説明つきだと、見慣れた建物も急に有難味が増すような。

古い城下町に点在する洋風建築群。

考えてみれば不思議な街だよなー。

耐震構造の面から見れば心もとないような気がするが、次々新築される家々の安っぽさとは格が違う。

今、これだけの重厚さと美しさを兼ね備えた建物を造ることは可能だろうか?

なんてことを思いながら歴史ある幼稚園を経て、老舗菓子店へ入った。

ここでは銘菓バナナ最中をご馳走になる。

熱いお茶は、桜の花をかたどった小ぶりの茶碗で供された。

こんな天気の日に嬉しい演出。

店主のお菓子談義も楽しく、温かい人柄が偲ばれる。

ショーケースの隅の方に、生姜糖と実にカラフルな金平糖があった。

祖母の大好物だったなぁ。

バナナ最中は、病気見舞いの定番だったし。

ここで少しお菓子を買って、今度は飲食店街の裏通りに足を伸ばす。

急な坂道を挟んで、びっしり並ぶ飲食店。

全部が営業しているわけではなさそうだが、夜、酔っ払ってここを歩くのは大変だろうな。

まるで迷路だ。

そこを何とか通り抜け、明るい表通りに出た。

さらに歩くと美味しそうな総菜が並ぶ肉屋がある。

ここで夕食材料を買い込んで、その後は…。

すっかり街歩きを楽しんだ面々。

こんな天気が良かったのかも。

2011年4月15日 (金)

鯉のぼり、やーい!

親しい友人にしてハンドル・ネーム、こりゃどうも女史から、携帯に緊急お願いメールなるものが届いていた。

青森陸上自衛隊が、被災地向けに鯉のぼりを探しているそうな。

不要になったお宅はないか?とのご質問。

はて、我が家には、お菓子の景品について来たしょぼいやつが押入れのどこかにあるはずだが、そんなもんじゃ役には立たないね。

ここは五月の空に、勇壮な姿が映える定番の物と行きたい。

なんて、勝手に母が決めつけていいものか。

いいんだよ。この際は。

後生大事にしまい込んでいる家はきっとある。

取って置いたって、生地が傷むだけだと思うよ。

誰かの役に立つのなら、ぜひ放出をお願いしたい。

なるべくなら来週中には被災地に送りたいらしい。

うーむ。

待てよ。

自衛隊の都合はそうなのだろうが、鯉のぼりが空を泳ぐのは5月の初め。

後10日ぐらいは、猶予できるんじゃないの?

それじゃダメ?

2011年4月14日 (木)

いつもの店

コンビニ以外は、大幅に流通が改善されて来たと実感する。

我が家の宅配牛乳も、今日からヨーグルトが復活した。

いつもは静かな(?)というか、客がほとんどいない(失礼)Sデパートも、ようやく元通りになった感あり。

大震災以後の数週間は、人の波で圧倒されていた。

あそこの店は、ひと気がないところでゆっくり品定めができるのが長所だったのに、それもできず、当方は不満だったが、来客数や売上高の点では凄かったろう。

商売というからには、客が入ってなんぼだもんな。

店にとっては嬉しい誤算。

母一人の購入額なんて、たかが知れている。

いちばん足繁く通うスーパーKでも、ゆったり買い物ができるようになった。

モノが大量にあると、たいして購買意欲が湧かないものなんだなぁ。

ヒステリックに買い占めする人の姿を見かけない。

いつも通りの店で、いつも通りの時間が流れる。

変わったものはたぶん、人の意識。

前よりは向上したと思いたいが。

2011年4月13日 (水)

筋金入り

午後、久しぶりに婆ぁ宅を訪れる。

先月会ったのは10日。

翌日があの大震災。

電気が復旧してすぐ電話では話したが、その後、食糧や燃料の調達に追われ、今日まで会いに行く時間を作れなかった。

婆ぁ、開口一番

「自分のことは、何も心配しなくていいよ。何たって戦前派だからね。その辺の雑草を食って生きて来たんだ。何のこれしき。へばるもんかね」

うーむ。

そりゃそうだ。

普段から食糧のストックはごまんとあるし。

灯油、米なんか計画備蓄してるもんなぁ。

母は、停電時に一番ショックだったのが冷たい便座だった。

婆ぁにその話をしたらすぐ納得。

婆ぁは、ウォシュレットの便座に包帯をぐるぐる巻いて凌いだそうだ。

それ以外は大丈夫だった?

と、聞いたら

「ン十年前の豆炭がごっそりあるから、灯油が切れたらそれで暖をとる。

それもなくなったら、家中の本を燃やせば当分は大丈夫」とのたまう。

そこだけで終わればいいものを、今度は

「放射線被害か。私ゃ甲状腺癌の手術3回もしている身。それでもピンピンしているんだから、そんなに心配するこたぁないと思うね」

70ん歳で満身創痍で意気軒高。

やっぱりあんたは化けものだ。

2011年4月12日 (火)

揺れているのは自分だけ?

ここのところずっと、いつも揺れているような気がする。

立っていても座っていても、急にふっと体が変な方向に動く。

つい天井を見上げる。

蛍光灯の紐がブラブラするのを見て納得。

ところが、通りを歩いていても何だか妙な気がする時がかなりある。

いつもと違うのは世の中なのか、母個人なのか?

被災地の皆様は、この思いがもっと強いらしい。

一説には乗り物酔いと同じで、三半規管の働きがイマイチな人に多いそうだ。

うーむ。

正しく母のことよね。

まっすぐに歩けない感じは、単純な足腰の衰えか、姿勢の悪さ故か。

地震の揺れに、慣れ過ぎて鈍感になるのとやたら臆病になるのと、一体どちらが母の精神衛生によりいいのか。

さっぱり分からん!

今の世の中、理解不能のことだらけ。

2011年4月11日 (月)

福島、頑張ろう

今日で大震災から1か月。

7日の余震は大きかった。

停電もした。

一部のガソリン・スタンドでは行列もあった。

それほどのことかな?

八割方、物資の流通は落ち着いている。

燃料類ももちろんだ。

大震災のすぐ後とは状況が違い過ぎる。

あくまで当地の話だけど。

そうこうしているうちに夕方、またまた大地震のニュースが流れた。

震度6か。

福島県沖だって。

原発の処理に追われている方々は、気が休まる暇がなかろう。

自衛隊、消防隊員、警察官、アメリカ軍の兵士、各国のボランティア活動をされている皆様。

もちろん、東京電力の作業チームもだ。

こんなにいつまでも大きな地震が続くと、やる気が殺がれやしないか?

あなた方の活躍に期待するしかない我が身。

頑張ろう、一緒に。

この言葉が重荷になっているんだよね。

そうとは思いながら言わずにはいられない。

いつも一緒だよ。

何の慰めにもならないか。

2011年4月10日 (日)

選挙だったんだ

家人は今日、仕事でいつも通り出かけた。

母も、たまった仕事を片づけながらぼーっと過ごしていた。

昼食時、息子がぼそっと

「選挙だね。おとうが帰って来たら行こうか」と。

ん?

そうだったか。

震災以来、どうにも頭が働かない。

注意力が前にも増して散漫になったような気がしていた。

加えて、節電がやかましく言われ、ガソリン不足でスタンドに車が行列していた記憶も新しい。

そのせいで、いつもならうるさい選挙カー。

今回の選挙は至って静か。

自宅で何回か聞こえたのはNと、Aさんのものだけ。

投票依頼の電話も1件だけだった。

街中、どれだけ連呼しようが、電話を貰おうが知ったことか。

今、この時期、特にそう思うのは母だけではあるまい。

が、投票しないことが果たしていいことなのか。

さて、夕方。

帰宅した家人、息子と連れだって、近くの投票所に。

こんな時間に出かけたのは初めて。

何だかいつもより、活気がないように思う。

多分、民主党はボロ負けだろうな。

いい材料は、悲しいぐらい何もない。

この際、はっきり思い知った方がいい。

2011年4月 9日 (土)

協力はしたいけど

電力各社は、この夏をどう乗り切るかで頭が痛いことだろう。

あちこちの番組でも節電対策が紹介されているが、その中でもエアコンと炊飯ジャーや保温ポットについての情報が多い。

さて困った。

我が家にエアコンはあるが、猛暑の昨夏ですら1度も使用しなかった。

もちろん扇風機なるものもない。

親子3人、氷枕で乗り切った。

炊飯ジャーか。

そも炊飯器がない。電気ポットもない。

あと電気を食うのは何だ?

うーむ。

どうしても電気が必要なのは、電灯、冷蔵庫、テレビ、パソコンか。電子レンジはその次。ストーブは冬期間限定だ。

トイレは便座が暖かいってだけのものだが、冬はカバーを2重にすれば何とかしのげそう。

食器洗いはゴム手袋を使用し、布団には湯たんぽを仕込むとする。

さて夏の猛暑はどうしよう?

これまたテレビで仕込んだ情報によると、よしずがいいらしい。

今年は、よしずがブレイクするよ、きっと。

あとは打ち水とうちわ。

綿100%の衣類も活躍しそうだ。

職場へはタオルもしくは手拭を持参しなくちゃ。

この際、毎年話題の「サマータイム」なるものも導入してみたらどうか。

節電に協力する気がこんなにあるのに、我が家はたいして貢献できそうもない。

残念だが。

2011年4月 8日 (金)

夜中の停電

昨夜遅くにまたまた結構な揺れ。

何だか蛍光管がチラチラすると思っているうちに、家の中が真っ暗。

じき家全体が揺れ出した。

いくら夜中でもこれは怖いよ。

2階から息子も降りて来て、家族3人、懐中電灯、ろうそく、ラジオを分担して持ち寄る。

ひと月前に同様の体験をしているだけあって、動きに無駄がない。

それはいいがラジオのニュース、それもNHKは、やはり揺れが大きかった場所についての情報がメイン。

当地のことが知りたい!

地元のFM局を探し出し大音量で聞くも、宮城県沖で大地震が発生したことと、東北地方全体が停電しているということぐらいしか分からない。

ま、しょうがないんだけど。

12時過ぎまでラジオにかじりついていたが、さすがに疲れる。

もういいか。

朝は目が覚めたのが5時半。

まずは反射型ストーブを出し点火。ろうそくに火を灯し、ラジオに聞きいる。

今回の停電はいったいいつ解除?

朝食も食べた気がしない。

とにかく職場へ急いだものの、今の時期じゃまだ火の気がないと寒くていられない。

同僚オーラが早めに出勤してくれてほっとする。

「お昼どうしようか?」

相談しているうちにオーナー桃子もやって来て、

「雨降りの暗い天気に、暖房なしで、いつ電気が復旧するか分からないんじゃどうしようもない」

今日は臨時休業と相成った。

帰宅後、我が町会は11時頃無事復旧。

電気が止まると、なーんにもすることがない。

こんな状態、まだ続くのか?

2011年4月 7日 (木)

どさくさ紛れ

大震災から確かに暗いニュースが続いている。

たまには心から笑える話題が欲しい。

おバカな芸能人ネタはお断りだけど。

と思っていたら、今朝、テレビ朝日がかなりな時間を割いていたのが酒井某。

おとなしく介護の勉強に励んでいたのではなかったのか。

中国政府の招待だのと、例に寄ってきれいごとを並べるのを見て、思わずチャンネルを変えた。

嫌いだ!

虫唾が走る。

この嘘つき女。

性懲りもなく芸能界復帰を目論んでいる。

バックにいる大勢の人間が、大震災後のこの時期を狙って暗躍していたんだろうな。

こんなやつを大々的に取り上げるテレビ局もテレビ局だ。

震災報道の芸のなさにも呆れたが、こんな見え透いた手に乗るとはね。

近いうちにエリカ様もご登場なさるだろうよ。

こんな不良品を有難がるのは、一部マスコミだけだと思うが。

原発事故の後始末に追われる現場職員の待遇の改善状況とか、もっとましなことに労力を使えよ。

2011年4月 6日 (水)

プロ意識

今日は青森市内にある施設訪問日。

朝からいい天気で気温も高い。

春だなー。

先月、同じ施設を訪問してすぐあの大震災があり、停電、食糧やガソリン等の調達、利用者の世話と、どれだけ職員たちが大変だったろうと気にかかっていた。

職員たちに聞いてみたら、

「停電が一日で終わったので、意外に落ち着いていて助かった。食事は至って簡素なものだったが、事なきを得た」

とのこと。

一番の心配は、トイレの処理だったそうだ。

その次が寒さ対策。

厳寒期でなくて助かったと、職員たち声を揃える。

これをきっかけに、防災対策の根本的見直しをするそうな。

これぞプロ意識。

利用者を徹底的に守るという強い意志を感じ、母、思わず胸が熱くなった。

被災地にも同じ思いをし、同じように行動する無名の人々がきっといる。

どうもありがとう。

あなたたちがいてくれる幸せ。

その行為に報いることができない我が身だが。

2011年4月 5日 (火)

冬去り難し

昨日の朝、外は真っ白だった。

北国だって4月の4日。

まだ積雪があるなんて、冗談きつい。

家人は「なごり雪」という言葉を何回発したろう?

「なごり雪」って、何度も降るものかね。

半ばやけっぱちで冬用コートを引きずり出し、ごみ出しに出かけた。

数㎝はあるな。

空気は冷え冷えとしていかにも冬だが、空の青さ、光の柔らかさに春を感じるね。

そう言えば今年の冬。

ちゃんとした写真撮っていたっけか。

今日を外したらちょっとやばいかも。

急いで家に戻り、朝食準備中の家人を尻目にカメラを探す。

雪を被った大木。

児童公園内の片隅にあるベンチも、心なしか淋しげ。

川の中のカモ。

飛び立つサギ。

土手を散歩する犬。

今年の冬は本当に長い。

日中は春なのに、朝晩は冬のまんま。

昨日も今日も、地震のニュースが数回流れた。

そろそろ落ち着いてくれてもいい頃だけどね。

2011年4月 4日 (月)

ついにビールが

知人たちの話から、ビールが品薄状態になりつつあることは知っていた。

が、我が家に在庫があるってのは強いね。

そんな話をフンフンと受け流していたのだった。

さて、昨日の夕方、買い物に付き合ってくれた家人と行きつけのスーパーをうろつく。

ビール売り場を見て二人、目がテン。

スペースはほとんど空で、見覚えのあるブランドはわずか数箱。

ほー。

ついにここまで来たか。

などとミョーに冷静なのも怖いが。

売場のお姉ちゃん、声を潜めて

「すみませんね。入荷も少ないけれど、すぐ売れてしまうので…」

お姉ちゃん。

あんたの責任じゃないのは、母も知っているって。

知人たちの話だと、コンビニで洋モクは買えるらしい。

ビールもいわゆるブランド品はあまり心配ないらしい。

母、タバコはどうでもいいよ。

でも、ビールはおとなしく引っ込んでいられないっつーの。

これから花見もある。

桜をカメラに収め、弘前公園内をくまなく歩き、途中でビール片手にお弁当を食べる。

母の楽しみは満喫させていただくよ。

よそ様にガタガタ意見されたくないね。

2011年4月 3日 (日)

こんな奴

年に1回の町会の総会が今日だった。

これに参加して5年ぐらいか。

毎回、何かしらで揉め、昼食が始まるのは1時過ぎ。

ところが、ここだけの話。

毎回、どうでもいいことを得意気に指摘する爺いが数人。

まったく芸のない連中だよ。

他の出席者は内心、またかとうんざり。

母も書記をしながら、それがどうしたと内心舌打ち。

議案の中身はさておいて、誤植や記録のミスばかりあげつらう。

あんたはそれほどご立派か?

だったら、役員になって仕事してみろよ。

と、言いたいのをぐっと堪える。

批判の矢面に立たされた面々。

総会終了後、思わずみんなで握手を交わした。

個々の性格の違いで、普段はそれほど仲が良くなくても、立場はおんなじだもんね。

こういう場面には連帯感が出て来るんだ。

それにしてもこんな奴ら。

一緒に暮らして嫌気が差さないのかね。

不思議だ。

2011年4月 2日 (土)

これじゃダメ

大震災から3週間が経過した。

未だにコンビニは、スカスカの棚が目立つ。

スーパーはほぼ、震災前に戻ったと言える。

コンビニは後回しにされたんだな。

この状態が続いたら、コンビニが激減するのではないか。

身内に入院患者を抱えた友人。

「夜の7時とか8時に見舞いから帰る時、世の中真っ暗。そうでなくてもコンビニの閉店時間は早いし、開いていても節電で店内も暗い。特に気の毒なのは、ユニフォームの上に厚手のジャンパー着込んでいること。そこまでしなくても…」

大震災以来、大多数の国民が被災者に思いを寄せ、節約に励んでいる。

が、それも程度問題で、なるべく早く普通の生活に戻らないと、我が国の経済が停滞してしまう。

みんなが共倒れしていいわけない。

霞を食っては生きられない。

いつまでコンビニがこの状態なのだろう?

24時間人がいて、食糧があって、いざとなれば駆けこめる。

市民生活にとっての安全地帯がコンビニだということを、行政はきちんと認識するべきだ。

2011年4月 1日 (金)

春が来た

今日は日中、ミョーに暑かった!

ストーブを消してもなんてことがない。

うーむ。

今日から4月。

とても嘘をついて喜ぶ余裕はないが、春だ。

待ち兼ねた季節の到来だ。

ここしばらく情緒不安定が続いていたが、何か一つ、どんな些細なことでもいい。

明るい希望を持てるものが欲しい、見たいと切に願い続けていた。

今日の岩木山は綺麗だった。

眺めているうちに胸がじーん。

日中、窓を開けて、暖かい日の光にじーん。

爽やかな風にじーん。

帰り道。

100円ショップ「D」の駐車場脇。

ふきのとうが十数個顔を出していて、思わずじーん。

何軒かの庭で見かけたクロッカスの花。

数週間ぶりに再開した宅配牛乳。

平常時に戻った新聞の番組欄。

何でこんなに涙がにじむのか。

きっと、年のせい。

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