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キムリン・ホリスティック・ワールド

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2010年1月

2010年1月31日 (日)

年のせいとは

長く生きて来ると、身近なところはいざ知らず、芸能人の結婚話にはどうも乗れない。

昨日は、某歌舞伎役者と某アナウンサー嬢の婚約会見だかが、やたら報道されていた。

女性が着た着物だ、指輪だ、新居がどうだの、会見中に二人が見つめ合った回数がどうだのって、どうでもいいよ。

私ゃ、不幸な話を聞きたいんだ。

悲しむ顔を見たいんだ。

文句ある?

だって芸能人なんだもの。デレデレした顔なんか見て何が面白い。

おかげで、今までなんてこともなく見ていた、お茶のCMも目ざわりになって来た。

それにしてもなー。

私が若い頃(?)。

駅で妙に浮いた格好のカップルが、大勢の人たちに囲まれて万歳されているのなんか、今思い出しても恥ずかしい光景だった。

こんな田舎で、どう見ても不細工な女が、ピンクの服に身を包み、頭にはきてれつな帽子、レースの手袋なんて、あぁ…。

とても正視できないね。

幸せというのは、実に見せ方が難しいものなのだ。

ほんの小さいもの、ちょっとした時間ぐらいなら許せるが。

こういう感想をそのまま口に出すと、それもまた嫌みと取られるね。

リモコンが使えないなら、テレビの前からいなくなるしかないか。

それもいいね。

2010年1月30日 (土)

大きな月

今日の午後は親しい友人たちとの会合だった。

長年活動を共にし、気心の知れた間柄。

仕事の話の間に、各人が抱える悩みを語り合う。

誰も、人を押しのけてまで自分の我を通そうとしているのではない。

最大限、目標に向かって努力しているだけだ。

が、価値観の違いは如何ともし難い。

自分の無力さを思い知るのはこういう時。

何も考えずに、自己主張できる強さがあったらなぁ。

月に向かって「我に艱難辛苦を与えたまえ」と言ったのは山中鹿之助だったか。

そんな大それたことは考えない。

卑小な私。なるべく平穏な人生を望む。

が、そう希望したところで、多少の高低差はあるわけで。

自分の身の上に起こることにももちろんだが、親しい知人が巻き込まれたトラブルとなると、余計、心の奥に眠っている「正義感」らしきものが姿を現わす。

元凶となった人物を、どう痛めつけてやろうかと夢想する。

これが意外に楽しい(?)なんて、世間に公表はできないが。

あくまで大人。分をわきまえなくちゃ。

5時過ぎての帰り道。

空には大きな月が出ていた。

我が家までの40分。たまに雲に隠れはするが、綺麗な満月。

哀しい時はつい、空を見上げる。

なぜかなぁ?

大きな空は、広大な宇宙のほんの一部。

ましてたった一人の人間なんて…。

じたばたしたっていいじゃない。

私ごときが、くよくよ考えてもどうなるもんじゃない。

まっすぐ歩いて行こうね。うん。

2010年1月29日 (金)

いつも通りという幸せ

今夜もいそいそ温泉へ出かけた初老の夫婦。

家人は、やけどのあとが日に日に凄いことになって来た。

顔のあちこちが茶色いんだか、赤いんだか、グラデーションなのか、さっぱり分からない。

さしづめ、「ナマハゲ」あるいは京劇の「猿」か。

夏の日焼跡のように薄皮がところどころ禿げて来て、家人がしみじみ

「人体って不思議だよなぁ。新しい皮膚がきちんとできているから、上の皮がするする禿げていく。ちゃんと手順を踏んで再生するなんて、何だか感動的」

温泉で汗をかくだけでじりじり傷んでから数日で、顔をゴシゴシ洗っても平気になった。

うーむ。

親しい温泉仲間たちは家人の顔を見て驚いた。

「大丈夫なの?痛がらない?」

心配しながらも、毎晩、温泉に来る家人の顔を見ると安心するらしい。

長く同じ場所に通っていると馴染みの顔が増える。

挨拶を交わす人が増える。

たまに顔を見ないと心配する人も増える。

有難いことだなぁ。

今夜もさよならを言いながら、何だか胸キュン。

その時間だけは、みんな笑顔で、間違いなくいい人たち。

2010年1月28日 (木)

もしかしてストライキ?

いつもどおりに出勤した朝。

職場内はぽかぽかだった。

まずは食材を冷蔵庫に入れ、お湯を沸かし、干していた洗濯物を畳み、ごみを出し…。と、いつもの業務を次々こなしていた。

8時をちょっと過ぎた頃、Kちゃんがやって来た。

Kちゃんはこのところ風邪気味で、病院で処方された薬を2種類服用中だ。

ママからバトン・タッチするも、Kちゃんはなんだか体調が悪そうで不機嫌。

「おんぶしようか?」って聞いたら「うん」

ご期待に応えておんぶしながら、彼の大好きなNHK教育テレビ「おかあさんといっしょ」を見る。

背中の彼はいたっておとなしい。

が、待てよ。

さっきから何だか室内が涼しくないかい?

ストーブを見たら電源が切れていた。なぜ?いったいいつの間に?

首を傾げながら再び点火。

暖かくなってやれやれと胸を撫で下ろしたが、20分後にはまた停止。

背中の彼は眠り始めた様子。

今のうちにと同僚りんに電話した。

事情を話したら

「ストーブの下にあるフィルターを見てご覧。そこに埃がたまっているかも」

開けてみたら確かにそうなっていて、玄関先で払い落した。

その後、再び点火。今度はいいかも。

が、なんとなんと5分で停止。

いったい、なんなのよ!私に分かるように事情を話しておくれ。

しかたない。と、オーナー桃子にも連絡。

15分後に、りんがやって来た。そのまた5分後には桃子もやって来た。

二人、雑巾と掃除機を駆使して、時ならぬストーブの大掃除。

次々と子供たちがやって来る。

この子たちにとっては、なんでも楽しい遊びだ。

掃除機やストーブの中身に興味津津。

おかげで寒さを忘れて遊ぶこと1時間。

さ、もう一度。

すっかり綺麗になったストーブに点火してみる。

意外や意外、運転音の切換えってこんなに静かだったんだ。

中身までこんなに丁寧に掃除してなかったってことよね。反省。

暖かくなった室内で、子供たちとおやつを食べながら

「ストーブの寿命が来たらどうしよう?」

まさか、こたつというわけには行かず。

さりとて家庭用の石油ストーブじゃ危険過ぎ。

いい方法、これからじっくり考えなくちゃ。

2010年1月27日 (水)

エコなのね

毎日、二人分の弁当を作る。

おかずの味が混ざるのを防ぐために、アルミホイルの仕切りケースを使っていたが、毎日10個近くが燃やせないごみ専用袋に移動する。

1か月に換算すると結構な量だ。

これでいいのか?と、漠然と疑問を持ってはいた。

職場に弁当持参で来るベビーたち。

しばらく前から何やらカラフルな、ゴム製と思しきおかず入れが入っている。

あれってなぁーに?

物知りのりん。

「シリコン製のカップでしょ?」って。

うーむ。

シリコンか。ゴムの1種には違いないか。

確か性転換する人の必需品だよね?りんは、そんなことにはお構いなく

「100円ショップで売っているよ」

仕事帰りに件のお店をはしごした。

サイズは2種類。アルミ製に比べると90何回分だかがお得だって。

どこのどなたがどうやって調べたんだ?えー。

ここで難癖をつけてもしょうがない。

説明書を読むと、電子レンジ、冷凍庫もO.Kなんだって。

今から90何回ということは、4月の後半あたりまで持つってことよね。

果たしてその通りになるものか確かめるぞ。

エコ、エコって、世間がやかましいし。

でもこれだって、へたると燃やせないごみだよね。

いっそのこと燃やしてしまうってのは、やっぱり乱暴ですかね?

2010年1月26日 (火)

桜には違いない

ついさっきまで、ン十年来の古い友人と電話で盛り上がった。

友人は、3年前にご主人を癌で亡くしている。

病気が判明してからの数年間、友人の苦労は並大抵ではなかった。

姑は高齢ながらも存命で、息子が癌で闘病中とは知らされなかったことから、愛しい息子が自分に会いに来ないのは、すべて嫁の差し金と思い込んだ。

誤解に気づいたところでどうなるものでもない。

友人は、ただ夫の看護に明け暮れた。

が、ついに夫は亡くなり、成人した息子二人と友人が残された。

私が友人数人と、彼女の家を訪ねたのは2年前か。

当時は同居していた息子も転勤で引っ越し、彼女は一人暮らし。

「未亡人か。私、ずっと憧れていたんだけどね」

当の本人。

「あんたはそう言うけど、未亡人も結構辛いんだよ。身の振り方が難しいんだ」

うーむ。

そりゃ最初から独身の場合とは、世間の見方と言うか期待のされ方(?)が、違うだろうな。

聞けば姑は現在、寝たきり状態。

たまに会いに行くものの、大した意味があるものか甚だ疑問だと言う。

「あんた。たまには会ってゆっくり話そうよ。私、毎日暇なんだ」

そうか。そうか。

じゃ、彼女が住んでいる青森市内で、美味しいものでも食べながらゆったり過ごせる場所探してよ。

そしたら、あちこちの友人たちに招集かけるからさ。

たぶん、2月の下旬から3月の上旬。

ソメイヨシノが咲く前に、うば桜が咲く予定。

そうか。「メリー・ウィドー」とは行かないか。

2010年1月25日 (月)

さすがに今日は…

通信販売で買った種子島特産の芋と、本場の讃岐うどん。

芋は職場のメンバー4人で分け、うどんは2人で分けた。

その他、共同購入の野菜もあって、いつもの帰り道をルンルンと。

この食材だけで今日は十分だしなー。

が、うちに着いたら5時前なのに家人の車があるではないの。

うーむ。

不吉な予感が…。

恐る恐る家人に声を掛けた。

「何かあったの?」

返事をする声だけならいつもと変わりはない。

いくらかはほっとしたが、顔を見てえーっ!

妙に顔がテカテカしているのはなぜ?

家人が言うに

「今朝出勤してすぐ、会社のストーブに点火したものの、なかなかうまく行かないので、灯油をかけた途端に火が顔にぶわーっと来た」

はー。それで?

「すぐ雪で顔を冷やして、M皮膚科へ行って来た。薬を塗って3時過ぎに帰宅しただけだよ」

いくら病院嫌いでも、さすがに今日は行かずにはいられなかったか。

それにしてもなー。

家人は10数年前にも、同じく顔を火傷している。

その時も冬で、今回よりもひどかったと記憶している。

睫毛や眉毛も焼けて、まじまじと眺めたら怒られた。

「そんなに見ないでよ。いくらなんでも恥ずかしい」

その時もM皮膚科だった。

さらにその数年前には、ある免許を取るために自動車学校へ通った際に、両手の平に全面ぶちぶちができ、やはりM皮膚科へ行った。

気色悪いそのできものの正体は、診察の結果あせもと判明し、事なきを得たが。

歯が欠けても疼いても、歯医者には一向に行く気がないのに、皮膚科へは進んで行く。

なんで?

家人、M皮膚科の先生には気が許せるらしい。

それにしても前髪も少なくなったが。

本人

「なに、ハゲじゃないんだからそのうち生えて来るって。心配ない」

ほんとかね。

2010年1月24日 (日)

ずれているよ

ここしばらくの民主党幹事長の動きについて、一般庶民の私は反感を持っている。

うんにゃ、ここしばらくどころか、自民党にいた当時から胡散臭くて偉そうで嫌いだった。

今回の騒動だって、さんざん強気で頑張っていたのなら、なぜ今、検察の事情聴取に応じるのか?

潔白だと言い張るのなら、もっと早くにさっさと済ませろよ。

この男が何をどう言おうが、信用なんかできるもんか。

そりゃ疑わしいと言うだけで、罪に問えないのは百も承知だ。

が、ここしばらくテレビで顔の売れたジャーナリストたちが、検察の暴走だの権力の濫用だのと一斉に言い出すのを見て、この連中も同じ穴のムジナか?と思い始めた。

検察OBという肩書の方々もテレビに出ては、

「この程度じゃ大した罪じゃない」だの、「検察の勇み足」だのと、勝手なことをほざいている。

が、あくまで一般庶民の私。

罪の程度がどのくらいだろうが、どこからどの程度の金が流れただのという話はどうでもいい。

たかが一国会議員が、億単位という金を箪笥預金できるということ、その金で不動産を買い漁ったということに疑問を持つ。

小沢某は、亡くなった父親の遺産だと言い張っているが、言っちゃなんだがその父上。

たいして有名でもない政治家に過ぎない。

吉田茂だの、ずっとネーム・バリューは落ちるが鳩山一郎だのと比較するには無理がある。

せっせと蓄財してたなんてほんとかね。

金で人を支配している感のある小沢某が、帳簿の記載を全部秘書たちにまかせっきりなんてほんとかね。

どこまで白々しいんだ!

昨夜の記者会見で、綺麗さっぱり疑念が晴れたと、民主党の皆さん方や支持者が本気で思っているとしたら、つける薬はないね。

2010年1月23日 (土)

なんだそれ?

またしても民主党にカチンと来た母である。

なんと、民主党の皆様方が支給する予定の「子供手当」は、施設に入所している子供たちは対象外なのだそうだ。

理由は、施設に入所していることで、既に福祉サーヴィスを受けているからなんだって。

いい加減にしろよ!

偉そうに「国民の生活が第一」と選挙に打って出たのはどこの党?

「子供は社会全体で育てるもの」というのが、「子供手当」支給の大義名分ではなかったか?

施設に入所している子供たちなら、余計に手厚く扱うのが筋ではないのか?

さんざん綺麗事を並べて、結局は票につながらないからってことだろう?

まったくなんて嫌らしい連中だ。

これが我が国の与党だなんて聞いて呆れる。

あんたたちに良心はないのか?

と、聞くのも恥ずかしい。

首相は箸にも棒にもかからない木偶の棒。

実力者No.1は、政治家というよりは立派な政治屋。

子分は皆、急に無口になってしまった。

どこまで一般庶民をバカにする気か。

と、そこまで思い上がらせた国民が、所詮はその程度ってことですが。

毎度のことながら、ああ、情けない!

2010年1月22日 (金)

わけが分からん

なぜか我が家が、ばんばんCMが流れている、インターネット・サーヴィスを受けることになった。

昨年末にプロバイダーとある程度の話はついた。

その後は某電話会社と細かい部分を詰めた。

その上で、工事日が24日と決まったのだった。

が、数日前電話会社から連絡があり、工事は来月初旬に変更して欲しいとのこと。

ああ、そうかい。

別にそりゃ構わんよ。

が、だ。

自分たちが指定した日時を変更するってどういうこと?

お宅、大企業だよね。

うーむ。

そう言えば、事前の説明の時も?と思うことがあった。

どうやらその回線にすると、双方向やデータ放送などが使えなくなるらしい。

それじゃ、地デジ対応テレビを買う意味のいくらかはなくなるね。

説明を聞くと、現在の我が家の回線を一般道とすると、高速道路に変わるぐらいのメリットなのだそうだ。

ああ、そうかい。

そんなに便利になるのなら、なぜ、今までできていたものが急にできなくなるのかね?

と、聞いてみたが担当のおばちゃんらしき人

「そうなんですよ。残念ですが」

とあっさり言ってのけた。

ま、その人の罪じゃないのだから、と、ここはおとなしく引き下がった。

でも、未だにその理屈がよく分からない。

そんなものを全国的に売り出していいのか。

みんながみんな、データ放送を利用しないわけでもなかろうに。

毎日、いやでも目に入る、そのCMを見ながら頭を傾げる。

ただ便利さだけを強調するのはいただけないよ。

こうなりゃ意地でもモニターしてやる。

世のためです、もちろんね。

2010年1月21日 (木)

大鰐もやしの火を消すな!

昨日、私は大鰐町を訪ねていた。

月に一度の訪問だが、ここではパン類、椎茸、季節の野菜類に加えて、大鰐名物のもやしも、注文販売を受け付けている。

相方はこのもやしがお気に入りだ。

ほとんど毎回頼んで来るのだが、今、製造業者は数件しかなく、なかなか手に入れにくいのが本当のところ。

しゃきしゃきして美味しいんだけどね。

さて、大鰐もやしのように洗練されてはいなかったが、私が子供の頃、祖母が豆もやしをよく作っていた。

大きなりんご箱に厚めの黒い布をかぶせ、家の後ろの日が当たらない場所に置いていた。

たまに大きなじょうろで水をたっぷりかけ、そうね、収穫にそんなに日数はかからなかったように思う。

椎茸も、原木に菌を植え付けて、大量に収穫したものをせっせと干していた。

山菜類は勿論、大量に塩漬して漬物小屋で保存。

軒先には干し魚類がぶら下がっていた。

あの頃は、大人も子供もよく働いていたなぁ。

雪のない間、玄関先と家の前の道路を掃くのは子供の仕事だった。

おっと、脱線しちまった。

私が言いたいのは、もやしの伝統を絶やして欲しくないってことよ。

そりゃ、かける手間に比べれば収入が少な過ぎることが、若い後継者が育たない一番の理由だろう。

でも、もし売れ行きが伸び続けたら、生産農家が増えるかも知れぬ。

そうなって欲しい。

皆様も、よろしければご賛同を。

昨日買ったもやしは一束230円だった。

「鰐カム」でも売っているよ。

2010年1月20日 (水)

真冬の雨

大寒というのに妙な暑さ。

加えて雨の一日。

うーむ。

こんな時のB.G.M。今日はガゼボの「アイ・ライク・ショパン」で決まり。

我が国じゃ、小林麻美の「雨音はショパンの調べ」に化けたが。

と、言ったって時は1月。よりにもよって今日は大寒。

ミス・マッチな天気よね。

こういうあいまいな天気の日は、ゴム長靴を履くに限る。

10代や20代の若いお姉ちゃんならいざ知らず、白髪頭の婆ぁが何をいまさら。

と、気張るのもいかがなものかとは思うが。

雪ならまだいいが、革製の靴は雨に弱い。

ひどい時は白い線が浮き出る。

いったい何?と思っていたら、汗に含まれる塩分が染み出す現象らしい。

皮は扱いが難しい。で、つい人工皮革製に走る。

が、それよりも更に扱いが楽なのはゴム製。

濡れタオルでゴシゴシすれば済む。

お洒落なゴム長増えたしなー。

滑りやすいのが唯一の欠点か。

おっと、ケチばかりつけてちゃいけない。

22.5㎝で丈の長いゴム長探しているだけです。

2010年1月19日 (火)

いきなり暖気

今朝は寒かった。

出勤時には空はどんよりで、愛しの山の姿は拝めなかった。

が、昼に近づくに連れだんだん明るくなり、同僚たちと

「何だか暑いね。そう思うの私だけ?」

んにゃ!と二人、声を揃えた。

やっぱりな。

職場のストーブは業務用で、温まるまでは時間がかかるが、いったん温まるとこの陽気じゃ耐え難い。

で、空気の入れ替えという名目で窓を全開にした。

目の前の畑はすっかり雪の山。

なんのかんのと言いながら、かなりの積雪だよなー。

冬季間でも月に一度は、避難訓練をすることになっている。

が、これだけの雪に加えて、ベビーたちの数が例年の倍。

うーむ。

三人の職員がそれぞれ、一人をおんぶして、一人を抱っこして…か。

まずは、職場の狭い脇道を整備しないと。

屋根雪が落ちて来ない場所に、最も短時間でかつ、安全に移動する方法は?と、職員一同頭をひねる。

万が一、不測の事態が起こったら、職員の一人が雪の中へ飛び出して、一人ずつ移動させるしかないね。

が、当のベビーたち。

冷たい空気と雪景色に大喜びで、先が思いやられる。

やっぱり、もうちょっと雪が少なくなるまで待とうか。

このまま暖気が続いてくれると助かるのだが。

2010年1月18日 (月)

心に引っかかるもの

元プロ野球選手の小林繁が亡くなった。

マスコミがこぞって取り上げている悲劇の男だ。

あの「空白の一日」事件ね。

あれからン十年の歳月が過ぎた。が、未だに江川卓に対して嫌悪感を持っている。

年端も行かぬ野球少年とは言え、政治家まで使って我儘を通した事実は重い。

有名人であればあるほど、地位が高ければ高いほど、自らを律する努力が必要だ。

ごく一般庶民の私。

金も地位もないが、人様の信頼には誠実で応えようと心掛けている。

「卑しい根性の持主だ」とは、言われたくない。

手段を選ばずに思いを遂げるなんてことは、金輪際したくない。

己が欲望のために、他人を傷つけたくはない。

ン十年前の江川騒動で、私が得たものは何だったろう?

「無理が通れば道理は引っ込む」

本音を言えば、そこまで我儘を通す人間に、いい思いなんかさせたくない。

江川卓本人が、一番辛い思いを持ち続けているにしても。

2010年1月17日 (日)

買い物も命がけ?

日曜日は、主に職場の買い物をする日だ。

例によって早朝から、家人は雪かきで疲労困憊。

職場の同僚が、軽食を販売している室内競技場へ、昼までには出かけないと。

で、10時半。

ストーブの前で眠りこけている家人を残して外に出た。

今朝も結構積もったなー。

大きめの長靴を履いて深い雪の中を歩く。

歩行者用の道路は、除雪が行き届かない。

「僕の前に道はない。僕の後ろに道はできる」と、書いたのは高村光太郎だったか。

意味が違うね。失礼。

気温が低いので雪もさらさら。

見ている分には綺麗だが、歩くのはちょいとしんどいよ。

いつもよりは、かなり時間がかかるのも仕方ない。

やっと目的のスーパーKへ着いたのは11時過ぎ。

駐車場に空きは見えず、とにかく人でごった返していた。

店内もカートを持った人だらけで、すれ違うのも至難の業。

のんびり品物を眺めることもできやしない。

躾のなっていない子供たちは、奇声を上げて店内を走り回る。

よくこんな場所でそんなことができるな。親の顔が見たい。なんて心の声ですがね。

早いとこ外に出ないと息が詰まるよ。

ところがレジもまた大行列。うーむ。

ま、仕方ないが。

この混雑の中で、足元のおぼつかない老人を何人か見かけた。

ここに辿り着くことも、欲しい物を探し当てるのも、持ち帰るのも大変な仕事だろうな。

みんながみんな、車を運転するわけじゃない。

が、家の中に籠ってばかりもいられない。

近場に買い物をする店があるだけ、ましか…な?

2010年1月16日 (土)

自滅しないの?

毎度、民主党支持者の皆さん方にはお気の毒だが、書かせて貰うよ。

いったい、何なんだ!

トップ二人は金の亡者か?

ニュースになるのは、億単位の金の動きだけ。

双方とも、口を開けば「国民の皆様…」

こんな途方もない金をの動きを、少なくとも表向きは「知らなかった」んだって。

鳩ポッポは、しまいには母上までも悪人に仕立て上げて、一般人を呆れさせた。

小沢某は、すぐそばで雑用一切を引き受けていた部下たちに、全責任を押し付ける気か?

民主党の掲げる政治改革ってのは、絵に描いた餅ですかね?

ほとんど実現性のないものを、吹きまくっていただけ。

こんなていたらくでも、「国民の皆様の支持がある」と、言い切る神経が恐ろしい。

こんな連中に、まだ期待を持っている人って、○○だと思うな、私は。

親しくお付き合いする気にはとてもとても。

2010年1月15日 (金)

数字だけでは計れない?

正月休みの数日を除いて、毎日1万歩の目標は軽くクリアしている。

それというのも、雪かきの回数が多いからなのだ。

積雪が多いと、家の回りを片づけるだけでどうにかなる。

職場は、やっといつものメンバーだけというのどかさで、りんと私。

「こんなまったりの午前中、いのかしらん?」

天気も朝は青空が見えていたし、時折降る雪の量も、数日前に比べれば可愛いもんよ。

で、2時過ぎには帰宅の途についた。

まずは本屋に出かけないと。

ところが、そう、時間に余裕がある時の本屋、またはCDショップ、ホーム・センターなどは、バーミューダ・トライアングル(?)なのだった。

時間の感覚が大幅に狂っちまう。

あ、ごめんね。店の責任では断じてないよ!

みんな悪いのはワ・タ・シ。

ともかくそこでゆったり時間を過ごし、数冊の本を買い込んで、店の外に出たらまぁ、なんてこと。

ドアの外は猛吹雪。

耳に響くは「津軽海峡冬景色」のフレーズ。

この中を歩くのか。

暗澹たる思いでとぼとぼ15分。

まずはストーブを点火して、雪かきに精を出す。

それが終わればもう疲れて、何をする気も起らない。

久しぶりにストーブの前でうとうと。

ああ、なんて幸せ!

神様、有難う。

ちょっとの間、ぐーたらさせていただきます。

2010年1月14日 (木)

寒さ、体にこたえます

今朝からの寒さは、うーむ、いくら北国の住民でもちっとはこたえるね。

とにかく寒い!

屋外で出会う人々には、本当のところ、愛想笑いもしたくない。

挨拶を始めとして、とにかく口を開きたくない。

我儘なことは承知の上だ。

それでも今日は、積雪がたいしてなかったので、いくらか母の気分も落ち着いた。

夕方ニュースで見たら、新潟県の長岡市、積雪が軽く2メートルを越したんだって。

たった一晩でね。

はぁ、そこまで行きますか。

予報によると明日もこの寒さは続くらしい。

が、来週は一転して高温になるって。

それが続いて、春が早いと言うのだがはて?

何でもいいよ!たまに青空を拝めさえすれば。

そうだった。

明日からは小学校が新学期。

いきなり給食開始と来た。

うふふ。

つまり職場は、ベビーちゃんたちとの日常に帰るのだわ。

さ、今週も明日一日で終わる。

週末はゆっくり休もう。

2010年1月13日 (水)

こんな休みは

今日は休みだった。

昨夜のうちに、愛しの婆ぁに連絡しておいた。

婆ぁは、何だか沈んでいて

「あんたが明日来るのならその時に話すから」

婆ぁが暗いとなれば、考えられることは…だね、きっと。

何と言っても癌持ちだ。うーむ。

今朝の7時頃、積雪は大したことなかった。

が、10時近くには思わず絶句しちまうほど。

えーい、仕方ない。

せっせと雪片づけに精を出す。

ざっと1時間の重労働。

「Y」から買い込んだ暖かいと評判のシャツも、これだけ汗をかいたら着替えせねば。

それが済んだら、婆ぁ宅へ急がないと。

膝までの長靴を履いて、雪深い道を歩き出す。

目的地に着いたのは、12時半を回っていた。

婆ぁに声をかけ、今度はそこの玄関先の雪片づけ。

えーい、こうなりゃ意地だ!

ここはそれほど苦労せずに終了。それにしても独居老人は大変だよなー。

家の中に入ると、いつもと違う婆ぁがいた。

先週の検査で、患部が手術不能と判定されたそうだ。

「この年まで生きたんだから、もういいよと思うんだけどね。痛みさえなけりゃなぁ。最終判断が出る日まで、何も手につかないのが本当のところ」

付き合いは長いが、いつだって私より元気だった。

頭脳明晰だから、迂闊なことは言えない。

「あんたはどうしたいの?それに従うよ」と言うのがせいぜい。

それでも一緒にいた4時間。

けらけら笑い、昼食をちょっとだけ、私が持参したお菓子は2個食べた。

「来週、検査結果が出たらちゃんと教えるんだよ」

と念を押して、今日はさよなら。

仕事の合間になるべくは会いに来よう。

今、できることはしよう。

暗い雪道をとぼとぼ歩きながら、つい涙がこぼれた。

私には心の母なんだもの。

どうしてやることもできはしないが。

2010年1月12日 (火)

新聞がなくなるの?

さっき見るともなくNHKをつけていたら、アメリカで新聞社の廃業が相次いでいて、公的資金の注入までが検討されているという話だった。

雑誌の廃刊が目につくようになったのは、我が国でもここ10年ぐらい前からかなぁ。

新聞か。

私も、インターネットでのニュース配信は良く見る方だ。

が、じっくり読みたいという気分には、やはり紙の新聞でないと物足りない。

読んだ後でも、いろいろ使いでがあるし。

テレビは速報性に優れているが、ひとつの事柄を、じっくりとあらゆる面から検討するという点では、数段落ちる。

形に残る活字の威力だなぁ。

本が売れない、書店がなくなる等の話をよく聞く。

果たして一般人は、本を読まなくなっているのだろうか?

私の場合、買っても置き場所に困るというのが正しい。

あまりに多過ぎて、どこにあるものかさっぱり分からない。

まったく同じ本を、数冊買ったこともある。

衰えた記憶力のせいで、立ち読みした部分か、ちゃんと買った本なのか定かじゃないんだなぁ。

そうか。このまま行くとSF「華氏451」が現実になるのかも知れぬ。

読みたくても紙に印刷されたものが手に入らない時代ね。

それは困るが、この頃とみに、1冊の本を読み終えるまでの時間が長い。

ま、一言で言えば老化でしょうね。

2010年1月11日 (月)

土手町へ行ったら

今日のお昼は、土手町でビジネス・ランチとしゃれこんだ。

このエリアに足を踏み入れたのは数ヶ月前だったか。

ン十年前は、活気に溢れていたのになぁ。

なんだか時代の波に乗り遅れた感がある。

それでもだ。

土手町へ行く時は、わくわく気分になる。

K書店で本を探す、喫茶店Hでケーキとお茶を楽しむ、K精肉店で今夜のおかずを買い込む、パン屋Mで美味しいパンを選ぶ…。

だいたいこんなところかな。

春から秋の間は、これに公園の散策や、普段行かない通りでの道草が加わる。

カメラを持って歩くとさらに、行動範囲は広がるし。

おっと、今日はそれほど羽を伸ばしていられないんだ。

で、例の「非売品」ステーキ700円也とメンチカツ、焼き鳥をKで買い、書店へと急いだ。

ここで本を数冊買って、駅前のスーパーIで、職場の食材を買って任務完了。

私が住む新興住宅地は、美容院や家電品店、食べ物屋、スーパーなどに不自由はない。

が、土手町にあるような大きな書店や、趣のある喫茶店、総菜類が魅力的な肉屋というのが皆無。

おまけに、きちんと道路は区画整理されていて、面白くもなんともない。

建物もみんな新しくて小奇麗。

ああ、そうだった。

数年前に旅行した札幌の街も同じような印象。

分かりやすい街づくりというのは、風情や情緒とは無縁なのだった。

そう考えると、土手町の魅力はそこにあったのかと今更ながら納得。

土手町土産の肉類に、家族はニコニコ顔。

今度はいつ、買い出しに出かけようかな?

2010年1月10日 (日)

近所づきあい

今日も忙しい一日だった。

と、毎度書くのもアホらしいが。

9時前には知人宅へ行き、すぐ二人で学習センターへ。

町会の新年会だ。

既に待っていた女性部のKさん。

「早いに越したことはないからね」って。

真面目だよなー。

会には、ざっと80名の参加が予定されている。

まずはテーブルと座布団をセットし、つまみ類とおしぼりも準備。

ぼちぼち役員たちが集まり出して、お楽しみのゲーム類も用意万端整った。

後は開始時間を待つだけだ。

予定時刻の10分前から、人の波が押し寄せる。

毎年参加している女性部のメンバーが、

「今年は数が多いなぁ。去年なんかせいぜい30人で、シラーっとした空気に満ち満ちていたよ」だって。

お弁当を食べた後は、小さい子供たちから75歳以上のご老体まで、ダーツやビンゴで盛り上がる。

景品は、醤油、サラダ油、洗剤等、主婦が泣いて喜ぶ(?)物ばかり。

はずれなしというのは燃えるぜよ。

大広間にみんなの笑い声が響く。なんだか嬉しいね。

ここ数年、町会は揺れに揺れた。

町会長もコロコロ変わった。

悔しくて、悲しくて、辛いことが多かった。

でも、みんなで励まし合って頑張った甲斐があったのね。

町会行事に参加する人々が増えたことは確か。

みんなが帰って、綺麗に片付いた大広間で、お茶を飲みながらメンバーたちと語らった。

近所づきあいって楽しいかも。

これからもっと交流が進むかも。

そうなれたらいいね。うん。

2010年1月 9日 (土)

なに、大きなひとりごとですが

反捕鯨団体ってのは、ギャングか?

と、言ったら由緒正しいギャングに失礼だな。

じゃ、何と呼ぶべきか。

ここが日本人の奥床しいところで、日本語には相手を罵倒する言葉というのがほとんどない。

こういう偉そうなことを言って、実はれっきとした違法行為に明け暮れる手合いをどうしてくれよう。

我が国民がおとなしいのをいいことに、悪行の限りを尽くすとは。

奴らの船がぶっ壊れた映像を見て、思わず拍手喝采しちまった。

ふん!ざまぁ見ろ!

さんざん、豚だ、牛だ、鶏だと、動物の肉を食らっているくせに、何ぬかす。

オーストラリアよ、今回のあんたの言動。母は許さないからね。

こうなりゃオーストラリア製品の不買運動をおっぱじめてやる。

まずはオージー・ビーフか。

別にオーストラリアの肉でなくたって困らないんだよ、我が国は。

オーストラリアなんかに旅行に行くんじゃないと、知り合いには忠告することにしよう。

あと何だ?

エアーズ・ロックか?別に写真で間に合うし。

コアラやカンガルーにも興味はないし。

うーむ。残念だ。

母の貧弱な知識では、オーストラリアなんてのは、その程度のものしか思い浮かべられない。

もとは、イギリスの囚人が送られた島じゃなかったっけ?

ずっと白豪主義なんぞを掲げて、威張っていたよなー。

これに比べるとニュージーランドはまだ可愛い。

それでも大口を叩いたら、ウール不買運動も始めてやる。

あくまでも個人的な報復ですがね。

これがもし、国を挙げてのムーブメントに発展したら…。

そうなって欲しいなー。

2010年1月 8日 (金)

嬉しい年賀状

上北郡内に住む、友人から届いた年賀状。

彼女は、自営業者の夫をある日突然、心筋梗塞で失った。

当時、娘は5歳、息子は3歳。

彼女自身も20代後半という若さだった。

訃報を聞いても、何にもできなかったン十年前。

保育士として働いていた彼女が、子供たちを連れて、私に会いに来たのは数回。

少しずつ子供たちが成長して、難しい年頃になり、自分たち自身も更年期に突入し…と、あっという間にこの年になってしまった。

ここ数年は、年賀状の交換だけだった。

彼女は、温泉巡りと写真撮影を趣味として久しい。

毎年、自身が撮った写真にお勧めの温泉情報を載せてくれていた。

それが今年は、いつもとはガラッと雰囲気が違い?と思って、老眼鏡をかけて文面を読んだら、なんと再婚したのだそうだ。

うーむ。やるじゃん!

そうだね。

彼女ぐらい聡明で優しい性格なら、この手の話は降るようにあっただろう。

でも、ご主人を亡くしてしばらくは、とてもその気になれなかったろうし、子供たちが難しい年頃になれば、その対応で四苦八苦だったろうし。

二人が成人して、ようやく自分の幸せを考える余裕ができたんだね。

良かった。

彼女が、再婚をしようと思えるようになったこと。

これからの人生を、パートナーと共に歩もうと決めたこと。

おめでとう。本当に良かった。

あんたが幸せになってくれれば言うことない。

今年の夏あたり、会いに行こうかな?

2010年1月 7日 (木)

今年は逆か

年末年始は雪で悩まされた。

津軽地方は、満遍なくそうだったと思っていた私。

が、正月休みが明けて通常業務に戻ったら、青森出身のオーラと雪かきサンタがしみじみ言った。

「どういうわけかなぁ。正月に実家に戻ったけれど、青森は雪が少ないんだよ。いつもの年と反対だよね」

家人も今年の初仕事は、青森市内だった。

同僚二人とおんなじことを言う。

うーむ。そうか。

今日、私は浪岡の施設訪問に出かけた。

相棒と二人。

「その話、ほんとかね?」

市内でも幹線道路は雪がなかった。

目的地に近づくに連れ、道端の雪の高さが低くなって行く。

やっぱりそうなのか。

施設の職員たちが声をかけてくれる。

「弘前、雪が多いんでしょう?大変ですね」

なんで嬉しそうに言うのかな?

と、考えるのは母のひがみですかね。

あぁ、いけない。この頃怒りっぽくて。

さっきも息子に

「おっかぁは、冬になると不機嫌だよね」と言われ、家人には「一年中じゃないの?」と突っ込まれた。

そうなのよ。

母は、気分が落ち込むことは多いが、高揚するってことはまずないんだ、なぜだか。

ブログを読んだ皆様が心配して下さるが、あまり気になさらなくて結構。

365日毎日、自分が日記を書いてウェブ上で公開したと思ってご覧。

なるべくなら明るい話題をと思っても、平凡で卑小な一市民に過ぎない。

人間関係や金銭問題などの、ごく些細なできごとに右往左往するのがせいぜい。

ありもしないことをでっち上げたって、長くは続かない。

話は前に戻るが、オーラとりんと私。

今年の冬をどう仕切ろうかと、岩木山と八甲田山が協議した結果が今ということに。

皆さんも納得するでしょ?

2010年1月 6日 (水)

心が寒い

だんだん日が短くなる秋から冬の間は、何だか人恋しい。

たとえ、前夜から口を利かない家族であってもだ。

いや、私が現在そういう状態にあるのではないが。

仕事の都合や雑用に追われて、今日の帰宅は5時過ぎだった。

暖気でぬかるんだ悪路を、重い荷物を持ってやっと歩いていた。

普段よりも5割増しぐらいの辛さと言えばいいか。

ああ、早く家に帰りたい。

なんでこんなに家が遠いんだ!

途中の家々は、ほとんど灯りが点いている。

不思議だよね。

灯りを見ると心が温かくなる。

明るい家か。

そりゃ中に入れば、どこのお宅にだって、人には言えない秘密はあるとは思うが。

暗くて寒い夜道をとことこ歩いていると、明るい家はハッピーとイコールだ。

季節のせいだよね、きっと。

春から夏の間なら、5時過ぎなんて昼の延長だもの。

真っ暗な家に入り、灯りとストーブを点け、ぼちぼち夕食の準備にかかる。

じきに家族が揃うはず。

暖かい部屋に、暖かい食事。

温かい言葉も必要だ。

寒い心をまずはほぐさないと。

母がこんなに気遣っているなんて、あんたたち知っていたかい?

2010年1月 5日 (火)

素直になれないね

「素直になれなくて」は、大好きなシカゴの名曲だ。

が、今年の年賀状。

私にだって、ざっとン十通は届くのだ。

その中に、思い出したくもない名前があった。

数年前、連日数時間に及ぶ長電話でうんざりさせられた奴。

世界で一番頭が良いのは自分で、その他はみんなバカと思っている、ま、世の中には結構多くいるメンバー(?)のお一人ですがね。

凡人の私。

かなり精神的に危ないのではないかと、疑ってはいるのだが。

「触らぬ神にたたりなし」

いくらノーテンキな私でも、お付き合いはご遠慮させていただくよ、当然。

この迷惑電話は、いったい何か月続いたろう?

それでなくとも鬱気味の母。ほとんどノイローゼ状態だった。

家人に言わせると、はっきり嫌なら嫌と言わない私が悪いそうだが、家族間ならいざ知らず、赤の他人に、そこまではっきりNOと言えるものだろうか。

とにかくある日、私はこの方からの連絡には一切応えないことにした。

それからもう5~6年は経った。

それがなんで今頃?

またまた家人が意見した。

「あんたがはっきり嫌と言わないもんだから、こういう輩が隙あらばとちょっかいを出して来る。そもそも無神経なんだから、反応があれば儲けものと思っている程度。ま、それだけ相手は、暇なんじゃないの?」

果たして、母は慰められているのか、バカにされているのか。

夫婦生活ン十年でも、さっぱり分からないのはなぜ?

2010年1月 4日 (月)

仕事始めは

今年最初の出勤だ。

いつもより早めに家を出、子供たちを迎える準備に取り掛かる。

雪かきサンタも疲れたか、今日はまだの様子。

と、すぐ近くのサンタ宅前から声が響く。

「もうちょっと待ってね。ここを終えたらすぐ行くから」

いつも有難うね。

少しぐらいは、私も片づけるよ。

ベッド・メーキングや、お茶の準備を終えて、玄関と車庫の前を私が担当。

そのうちサンタもやって来て、20分ぐらいで綺麗になった。

一人二人と、休み明けのベビーたちが顔を出す。

長い休みがあると妙にハイ・テンションになって、いつもの子供たちに返るには少し時間が。

そのうち電話が鳴り出して、小学生は全員お休みとなった。ほっ!

レギュラーのベビーたちとの、のどかな時間。

こんなはずだったっけ?

が、喜んでばかりもいられない。

明日は、ざっと10数名が来る予定。

うーむ。

どうなることやら。

2010年1月 3日 (日)

ランチでお年玉

雪の中、ランチにいそいそ出かけた母。

予約済みのお店に定刻前に着いたはいいが、何だか様子が変?

友人の一人が、車の中で手招きをする。

「今、雪片づけをしているから車、移動して欲しいんだってさ」

店は、数日間お休みだったらしい。

その間、降り続けたもんね。

当市は、60数㎝の積雪だとニュースで言っていた。

これを片づけるのは容易じゃない、うん。

そうこうしているうちに、もう一人もやって来て、こやつもまた車の移動をすることに。

3人、テーブルに着いたのは、11時をとっくに過ぎていた。

なんだか寒い店内。

母以外は、コートを着たまま。

一人は、年末に肋骨にひびが入る怪我をしたそうで、

「咳をすると苦しいし、笑っても苦しいし、寝返りも運転も辛いんだ」

聞けば、実家の餅つきに出かけ、帰りがけに母上から塩漬の蕗を貰うことになって、漬物置場に足を踏み入れた途端、滑って転んだのだそう。

「その時のお餅、持って来たよ。あんた、食べてね」

もう一人は、可愛いタオル人形を持って来てくれた。

「あんたのうちには華がないからね。これぐらい飾りなさいよ」

ありがとう。でも、私だけが手ぶらじゃ、カッコつかないじゃん。

大人の二人。

「貰ってくれるだけでいいの、あんたは」

それから2時間、片っ端から料理を平らげ、3人で喋りまくる。

未婚の子供、子持ちの出戻り娘、遠くに住む息子と孫、難病や生活苦の身内、老いて扱いにくい姑etc。

母の悩みなんて、この二人に比べればしょぼ過ぎて…。

感心するのは二人とも、ずっと若い時から書道や、陶芸、華道などの趣味に打ち込んでいること。

「よく続けているね。偉いよ」

でも二人。

「普段、辛いことが多いから、趣味に逃げているんだよ、きっと」なんて。

いつ会っても、二人はものごとを否定しない。丸ごと受け止めてくれる。

今回の母の悩みに、両カウンセラーは重々しく言った。

「たまに辛いことがあった方が、ボケなくていいよ。大体あんた、簡単に人を信じ過ぎるし。平気で人を傷つけるような人は、どうせ誰からもまともに相手されないんだからね。放っておけってことよ」

その言葉が一番のお年玉。

2010年1月 2日 (土)

初ランチ

これでもかと、雪が降り続ける。

なんか、下界に恨みでも?

昨夜の雪かきで、いい加減ヘトヘトだっちゅーに、今朝もまたどっさりと。

朝は家人が、昼過ぎには母。夕方、再び家人のローテーション。

雪国に住むって大変なことなのよ。

今からこれほど難儀していたら、この先どうすんの?

気象庁サン、確か暖冬小雪傾向と言ってなかったっけ。

もう、忘れたか、きっと。

それでなくとも短い冬休みが、雪かきでおしまいなんて…。

明日は、親しい友達と3人で新年会をする予定。

ン十年来の付き合いで、辛い境遇を時々会って慰め、励まし合う仲だ。

長い年月、いろいろなことがあったけれど、いつもお互いを思い合って来た。

「今、とっても気分がブルーなんだ」

そう言ったら、二人間髪入れず

「ランチしながら聞いてあげる」って。

明日は思いっきり、二人に甘えちゃおう。

早いとこ、元気取り戻さなくっちゃ。

明後日からは仕事も始まるし。

2010年1月 1日 (金)

初詣

昨夜から雪が降り続け、新年早々、家人は1時間も雪かきに追われた。

その後、正月の定番「雑煮」をいただく。

雪かきに出る前に昆布だしを作り置き、牛蒡に三つ葉、椎茸に鳴門巻を加えたものだ。

毎年作るのは家人の仕事。

母と息子は、ひたすら御馳走にあずかるだけ。

うーむ。まずはおめでとう。

こんなに雪が降る年末年始は久しぶりだ。

気持が引き締まっていいが、重労働は御免こうむりたい。

10時過ぎには、青森に住む義兄一家がやって来た。

教師2年目の長男と大学生の二男。

うちの息子よりちょっと年下。

あの子供たちがねぇ。

今じゃすっかり大人。年を感じるね。

しばし両家、匿名報道の在り方で盛り上がる。

義兄夫婦は、某放送局の報道畑で同僚だった。

顔や名前を隠すことにやっぱり疑問を持つって。

お昼近くにさよならし、温泉へ出かけてしばし昼寝。

明日も明後日も、家族3人が揃わないので、初詣に行くのは今日しかない。

雪が降る中、4時半に八幡宮へ。

車も人もいっぱいだが、行列に並んだのは20分ぐらい。

おみくじは家人が大吉、息子が中吉、母が小吉。

今年は、何事も慎重にとのご託宣。

いつもそう心がけてはいるのだが…。

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